プロジェクトについて

2024年1月1日に発生した能登半島地及び、同年9月の豪雨災害から2年以上の時が経ち、復旧から復興へと歩みを始めました。
しかし、町に目を向けると解体された家並は更地となり、地域の営みの記憶も少しずつ薄れていき、寂しさが常に心の中に存在しています。
里山と里海の風景の中に人々の暮らしが重なり、いくつもの色が同時に存在する。
能登は、そんなたくさんの色でできています。
このプロジェクトは、能登の豊かな自然の風景と、力強い復興の希望を象徴的に表現した希望の壁画で地域を彩り、訪れる人々をあたたかく迎えるランドマークとなり、日常の中で、ふと上を見上げられるような存在になることを目指しています。
支援拠点だったミセスヒノマルを、未来のランドマークへ

ミセスヒノマルの道路向かいにある【ニコニコ広場】は、ボランティアによる炊き出し場となり、近隣にあるコミュニティカフェDOYA COFFEEと連携をし、100tを超える物資の受け入れや炊き出しのお手伝い、そして、ボランティアで来られた方々と、地域の方々の安らぎと交流の場所として、重要な役割を担ってきました。
本プロジェクトでは、街のメインストリートに面し、地域とボランティアを繋ぐコミュニティの拠点となったミセスヒノマルの外壁を使います。
アーティストと地域住民が協力して制作を行うことで、地域に暮らす人と地域に関わる人、そして、これから訪れる人たちが、描くこと、話すこと、立ち止まることで、いろんな色を積み重ねていく。
そんな壁画が完成したとき、この壁画には絵そのものだけではなく、「能登の希望」が宿り、この町に復興の種が生み出されると私たちは信じています。


能登町宇出津(うしつ)ミセスヒノマル
〒927-0432 石川県鳳珠郡能登町宇出津新1
壁画イメージ

舞台となるのは、ミセスヒノマルの外壁、横幅約12m・高さ約8mに及ぶ巨大なキャンバスです。
ここに鷲尾友公氏が描く鮮やかな色彩が加わることで、商店街の入り口は「かつての支援の拠点」から「未来へ続く希望のランドマーク」へと生まれ変わります。
復興の歩みの中で出会った、共に未来を描くパートナー。




このプロジェクトの始まりは、愛知県豊田市で開催されている「橋の下世界音楽祭」チームとの出会いにあります。
発災後すぐに能登に訪れ、能登町、珠洲市を拠点に炊き出しの支援からはじまり、断水が解消された後は音楽イベントを積極的に開催。音楽の力で地域の方々の心を温め続けてくれました。
発災からもうすぐ2年の昨年12月にはチーム橋の下が主催となり、シンガーソングライターのタテタカコさん、橋の下世界音楽祭を主催する永山愛樹をはじめ、たくさんのアーティストが参加し、能登町、珠洲市、輪島市の3市町で奥能登音楽祭が行われました。



アーティストについて

鷲尾友公 / Washio Tomoyuki
愛知県生まれ。独学で絵画を学び、街との関係性を軸に人物や事象などと関わり合いながら、イラストやデザイン、アニメーションなどジャンルを問わず、制作活動を人間の自由な行為として捉え表現している。街や商店街でクロスジャンルなコラボレーターと音楽企画も展開する。手に目と鼻が描かれたオリジナルモチーフの「手君」を美術館や海外で発表するなど、活動は多領域にわたる。主な展覧会に「あいちトリエンナーレ2019」などがある 。






この壁を彩るペンキの一滴に、あなたの想いを乗せてください。
共に描き、共に咲かせる。能登の新しい風景のパートナーになりませんか?
このプロジェクトは、壁画を作り上げることだけが目的ではありません。
人が関わり、混ざり合いながら、
町の中にひとつの風景が立ち上がっていくこと。
それは、能登に根付いてきた祭りと同じように、
誰かが用意したものではなく、
関わる人たちによって形づくられていくものです。
壁の前で立ち止まること、
誰かと話すこと、
何気なく見上げること。
そうした小さな行為の積み重なりが、
この町に新たな風景を生み出していきます。
このプロジェクトは、その「はじまり」をつくるためのものです。
この思いに共感いただけましたら、ご支援いただけますと幸いです。
プロジェクトを応援する。
集まった資金は、壁画制作期間中の塗料代・足場代・滞在費等に使われます。
プロジェクト支援返礼品


メッセージ

DOYA COFFEE 店長 國分まゆ穂
2024年1月1日の能登半島地震で、私の住む能登町宇出津の景色は一瞬で大きく変わりました。
幸いにも自宅は無事だったため、情報発信や炊き出し、在宅避難をされている方への支援物資の配布など、自分にできることを少しずつ始めました。
また、地域の方の声に背中を押され、1月中旬には「DOYACOFFEE」も再開しました。
そんな中で出会った橋の下世界音楽祭災害支援チームは、支援という枠を超えて、能登の文化を大切に想い、共に歩んでくれる心強い仲間になりました。そこからご縁が広がり、アーティストの鷲尾友公さんとも出会いました。
震災から2年が経った昨年12月には、奥能登音楽祭が開催され、鷲尾さんがフライヤーを制作してくださいました。鷲尾さんの表現する“能登の美しさ”にわたしや一緒にずっと走り続けている能登の仲間たちもすごく感動をもらいました。
この素晴らしい作品をみんなにも見て欲しい。そう思っていた時に、支援の拠点でもあった実家の壁に絵を描いていただけるお話になりました。
私たちだけでは気づけなかった視点で描かれる“能登の美しさ”をきっかけに、たくさんの方に能登へ足を運んでいただけたら嬉しいです。
応援コメント

タテタカコ(シンガーソングライター)
2025年の12月、チーム橋の下の皆さんにお声がけいただき奥能登音楽祭へ伺いました。
終演後、能登半島をモチーフにされたWashioさんの作品を観ながら、地元のお祭りのことや能登のお話をいろいろ聴かせていただきました。
デザインされた一枚の絵から広がっていく、
出会った皆さんと想像を膨らませなから弾んでいった会話に、思いがけずワクワクしたひとときをいただきました。
これから宇出津の街に壁画が描かれて、
暮らしの中に彩られていく情景を想像しながら、街行く方が見上げる美しい空模様や季節の巡りと一緒に壁画のグラデーションと存在があたたかく灯っていく日々になりますように願っております。

永山愛樹/竹舞(ALKDO/橋の下世界音楽祭)
2024年1月13日、まだ能登へは行くなという雰囲気の中、居ても立っても居られずOPENJAPANと連絡を取り合いながら雪降る能登半島宇出津、珠洲へ向かいました。
それから幾度と通う内に能登の風景や空気、単純にこの土地と人が好きになっていきました。青空だったり雪の中だったり炊き出しをしたりしていくうちに地元の人らもだんだん受け入れてくれ、僕らが愛知県豊田市で開催している橋の下世界音楽祭にも彌栄太鼓や、ちょんがり保存会の皆様はじめ、宇出津や珠洲から多数参加してくれ、奥能登横丁として賑わい奥能登の酒や塩、物産などが並び豊田在住の能登出身者からも沢山喜ばれました。
炊き出しや泥だし作業だった頃から、復興支援音楽祭が開催できる頃には皆さんの笑顔も増えていき、ほんとにやってきて良かったなと思えた瞬間を今も思い出します。支援を越えて自分達にとっても学びや出会い、すべてが貴重な経験となり大切な財産となりました。
内外、沢山の人達が、この土地や人、誰かの為にささやかな出来る事で復興していく能登のアイコンともなるようなこの壁画プロジェクトと今後も続く能登の復興と繁栄を僕らも共に応援していきたいと思っています。
永山愛樹 / 竹舞
(ALKDO/橋の下世界音楽祭)

NOBチーム橋の下/橋の下世界音楽祭ぬ組)
2024年元旦。携帯のアラートがけたたましく鳴り響き名古屋でも大きな大きな揺れを感じた。東北大震災ぶりの体感だった。それは奥能登珠洲市を震源とする地震だった。
当時の県知事から一般のボランティアは能登へ来ないで下さいとの発言もあったが、仲間たちと共に集めた支援物資をトラックに満載して義援金を携えて雪の降る中、北へ北へと向かった。
炊き出し、食材や物資の配布、被災家屋から家財の搬出、瓦礫の撤去運搬、家屋の修繕などありとあらゆる活動に携わらせて頂いた。発災当初の命を繋ぐ支援から次のフェーズに移行してからは復興応援コンサートや盆踊り、演芸会など心の保養に繋がる活動も開始し、その活動は今もなお続けている。
そんな活動の中で自分達の活動拠点のひとつでもあった能登町宇出津にある「DOYA COFFEE」を訪れ地元の同世代の住人さん達と交流が始まり、全国からの支援受け入れの民間拠点でもあった今回の壁画プロジェクトの舞台となる衣料品店「ミセスヒノマル」とも繋がった。そこで能登町の老若男女問わずいろんな方々や全国から集まるボランティアの方々とも親交を深めた。
いつしか被災者と支援者の関係ではなく共に能登の明るい未来を想像&創造する仲間となっていた。
昨年末に開催させて頂いた「奥能登音楽祭」のポスターに使われた鷲尾友公氏の描いたイラストが能登の皆さんにも大変好評で、この絵が復興の旗印になればと、ふと心に浮かんだ。今までは音楽や芸能など、その瞬間その場に居合わせた人へのアクションだったが、今回はアートの力で形として残るアクションを起こしてみようと…。
思い描いたイメージに作者である鷲尾氏や能登のお仲間、そして壁面を提供して下さる「ミセスヒノマル」のご家族も賛同してくれた。
あとはその想いをひとつに、能登町のメインストリートの壁面に復興の彩りを描くだけだ。ただなにぶん熱い想いだけで始めようとしてるプロジェクトの為、賛同して頂ける皆さんの協力無くしては成り立たない面も多々あるのは否めない。
能登のキリコ祭りは宇出津のあばれ祭りを皮切りに能登全域の約200の市町村で開催されると言う。この宇出津で始まる壁画のプロジェクトをきっかけに能登の各地でも芸術を通した創造的な復興が行われ希望に満ちた明るい未来が描かれる事を心から願っております。

MASH(シンガーソングライター)
昨年12月、橋の下世界音楽祭の皆さんに混ぜていただき、被災地へ復興応援イベントへ向かった。
途中までは高速道路を使っていたが、七尾市から下道で海沿いを走った夕暮れの景色に、イベントのフライヤーのイラストを思い出した。
「この絵、見る人によっては女性が泣いてるようにも見えますね」
誰かがそう言った。
あの絵が宇出津に描かれると聞いた。完成は夏だろうか。
あの日、イベントの打ち上げで、ボランティアの方にカレンダーをもらった。
そのカレンダーは、1月ではなく7月から始まっていた。
「奥能登の祭りはすごいですよ。こちらは夏の間、ほぼ毎日どこかでお祭りをやってるんです」
そんなことを、ボランティアの方は話してくれた。
僕はその話を聞いて、またその季節に足を運び、歌を届けられたらどんなに幸せだろうと思った。
今年も、新しく懐かしい夏がやってくる。
蝉は鳴いてるか。
花火は上がってるか。
人は踊ってるか。
確かめに行こう。
そして叶うなら、歌を届けに行こう。
お問い合わせ
NOTO ARTS PROJECT実行委員会
notoap2026@gmail.com
